『うみねこのなく頃に』の作中に登場した以下の本について軽く紹介します。
- 『そして誰もいなくなった』
- 『不連続殺人事件』
- 『占星術殺人事件』
実際に書名が登場したのはEP5。
六軒島の事件を有名ミステリー作品になぞらえて楽しんでいるエリカの間違いを戦人が正すというシーンでした。
イケイケのエリカが初めて見せる負け顔が印象的ですが、実は読書家な戦人像が初めて描かれたシーンでもありました。
『そして誰もいなくなった』
10人いた島で何かが起こり、最終的に「誰もいなくなった」状態になる、というタイトルそのまんまの話になります。
いなくなっていく過程やその後の事件解決の流れも含めて、衝撃的なのにどこか美しくて、個人的にもミステリーのなかで1番好きな作品です。
ミステリーの女帝ともいわれるアガサ・クリスティですが、その特徴として、小気味いい会話劇と推理ものとしてフェアなところが挙げられるでしょう。
10人の会話劇でテンポがいい
地の文が少なく、ほぼ10人の登場人物の会話だけで進展していくので、スピーディーかつ臨場感もあって、とても読みやすいです。
切れ目が多い
「1人死んで一区切り」を繰り返すため、切れ目が多いです。休憩ポイントが多いので、読書が苦手な方でも少しずつ確実に読み進められるのもこの作品の良いところかと思います。最初から10人いなくなることはわかっているわけですから、読書計画も立てやすいと思います。
フェアなトリック
『ひぐらしのなく頃に』や『うみねこのなく頃に』であったように、ミステリーの世界では、示された謎に対して提示された証拠だけで解けるかどうかを検討するフェア/アンフェア論争があります。アガサ・クリスティは比較的フェアな作風で、『そして誰もいなくなった』に関しては特にフェアです。
トリック自体も奇抜なものではないため、本気で読み込んだら初読でも正解にたどり着けるかもしれません。
オマージュ作品が多い
『そして誰もいなくなった』の舞台は絶海の孤島。いわゆる閉鎖空間=クローズドサークルですね。海で隔絶された孤立した島というのは、ミステリーにとって都合がよく、ボトルメールでの決着というオチも含めて多くの作家にオマージュされました。『うみねこのなく頃に』の六軒島もその1つですね。
もはやオマージュされすぎて、リスペクトやオマージュを通り越してジャンルの1つになっているといっても過言ではないかもしれません。これを起点に、いろんな派生作品を楽しめるようになるのも本書の魅力の1つかと思います。
まずは最初の1冊としてオススメです。
『不連続殺人事件』
日本推理小説最初期の作品である『不連続殺人事件』は坂口安吾による1947年の作品です。
この作品の特徴は、調査編と解決編に別れているところです。
読者への挑戦
もともとこの作品は誌面で連載されていたのですが、読者への挑戦と評して、「犯人を当てた人に賞金(原稿料)をあげるよ」と坂口安吾からの挑発がありました。誌面連載第1回目にこの宣言があり、調査(問題)編が終わったところで、「さあ、送ってこい」とばかりの再度の挑発があり、当時多くの人が応募したようです。
フェア
これでアンフェアだったらボロクソだったかもしれませんが、文句なしにフェアな描かれ方でした。ほんの少しの違和感に気付けるかがポイントだと思います。結末もドラマチックで話としても非常に面白い作品です。
推理の共有
ドキドキの解決編のあとは、作者から当選者の発表があるのですが、これがまた面白く、ニアピンやトンデモ説など、作者が抜粋する読者推理の面白いこと。はたして、当てられた読者はいたのか!? …これは読んでみてのお楽しみということで…。
竜騎士07さんの考察ウェルカムな姿勢は、おそらくこの作品からきているんじゃないかなーと思います。ただ読むだけではなく、各々の推理や考えを共有して語らう楽しさ。これは『うみねこのなく頃に』でも大切なポイントでしたね。
その源流をこの作品からは感じとれました。
本作は青空文庫版もあります。
『占星術殺人事件』
1981年に発表された『占星術殺人事件』は島田荘司の代表作です。
特徴はなんといっても、トリック! 発想の勝利!
圧倒的トリック!
ミステリーとして、どこに重きを置くのか問題が『うみねこのなく頃に』にもあるのですが、『占星術殺人事件』はそういう細かいことは抜きにして、シンプルにトリックがすごすぎました。
謎の箱が最初からポンと置かれていて、安っぽい鍵1本で空いちゃうみたいな、憎たらしいほどフェアでしょうもないのに誰も解けなかったシンプルな謎。
この本を楽しむコツは、何も情報を入れずに読み切ることですね。トリック1本勝負のため、ネタバレ超厳禁。レビューも読まないほうがいいでしょう。
碑文の元ネタ?
うみねことの類似でいうと、魔法と占星術で近しいものがありますね。幻想怪奇小説の基本はオカルトなので。オカルトかミステリーかの揺らぎを楽しめる作品です。
碑文の「抉れ」の箇所とも近いかもしれません。『占星術殺人事件』も謎の法則性を持ったバラバラ殺人なので。
おまけ:『神曲』『虚無への供物』
うみねこのモチーフとして最も影響力が大きいと思われるのがダンテの『神曲(しんきょく)』。
『神曲』は死後の世界のお話
あらすじをざっくり説明すると、作者であるダンテが、案内役である古代ローマの詩人ウェルギリウスと、後に登場するベアトリーチェの導きで死後の世界を巡る物語です。
本来なら死者しか立ち入れない地獄、煉獄、天国を巡り、そこで出会う魂や経験を通じて、「悪いことしたらこうなる」「正しく生きたらこうなる」的な教訓を得ることで、失意の底にあったダンテ自身が生きる希望を取り戻していくという話になります。
ベアトリーチェは片思いの相手
ベアトリーチェは、ダンテの片思いの女性であり、親密な交流はなかったと言われています。いわばダンテがアイドル的に一方的に崇拝していました。しかし、ダンテの苦悩の人生の中では精神的な救済の象徴であり、そんな彼女が、生者の自分を天国までガイドしたくださるという、なんともロマンチックな内容。
黄金郷のイメージ
『神曲』はどちらかというとダンテの個人的事情よりも、キリスト教思想に根ざした文学として高く評価されています。特に天国篇における荘厳で崇高な描写は、詩的表現の極致とも言われています。
うみねこにおける「黄金郷」「理想郷」のイメージは間違いなく、この天国篇の影響を受けていると考えられます。
アンチミステリーの祖
うみねこの中では「ミステリー云々」といったミステリー談義も多いですが、このようなミステリーの中でミステリーを語るジャンルは「アンチミステリー」と呼ばれ、ミステリーの常識や構造を問い直すといった特徴があります。
その代表的な祖として挙げられるのが、中井英夫による『虚無への供物』という作品です。詳細はネタバレになるため控えますが、ミステリーというジャンルが持つ性質や、読者の期待そのものを鋭く問いかける内容で、「ミステリーとは何か」を改めて考えさせられます。
最後に
竜騎士07さんの作品、特に『うみねこのなく頃に』はオリジナリティに溢れた作品ですが、根底にはミステリーに対するリスペクトと愛があり、既存の作品からの発想も多いです。『そして誰もいなくなった』なんてモロですからね。
『うみねこのなく頃に』はメタ視点が特徴の作品ですが、さらにもう一段階メタって竜騎士07さんがどんな思いでこの作品を描いたのかを推理してみるのはどうでしょうか。
ここでとりあげた3冊はミステリー小説のなかでもド定番なため、うみねこはそれほど、という方にもぜひ手にとっていただきたいです。
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