鮎川哲也の倒叙ミステリーの傑作短編集『完璧な犯罪~ベストミステリー短編集~』の感想・レビュー記事です。
倒叙ミステリーの傑作だけを集めた短編集
倒叙ミステリーとは、犯人視点で描かれているミステリーのことです。コロンボや古畑任三郎などが有名ですね。
倒叙ミステリーの1番面白いところは、犯行後の警察または探偵との駆け引きにあると思います。尻尾は見せないけど、情報を隠しすぎるのもまた怪しいから、小出しにはする。そのわずかな糸口から事件に迫ろうとする推理力と、ミスリードを作ろうとする犯人のせめぎ合いが大好きです。
鮎川哲也の本を読むのは実は初めてで、読んでいる途中にこの人に興味を持って調べてみたのですが、鮎川哲也賞なんて自身の名を冠した賞があるほどの大作家だったのですね。Wikipedia見た感じ、倒叙ミステリーばかり書いてる人なのかな?知らない人なんですみません。
本作はそんな大作家の傑作短編ばかりを集めたアンソロジーで、まあ、つまらないわけがないですね。おもしろ!となって調べてみたらすごい作家だったと。
鮎川哲也-Wikipedia(今のタブで開きます)
現代にも通用するキレッキレの文章
鮎川哲也先生は1919年生まれということもあって、収録されている短編も初出が1950~70年代で、作中の時代背景は歴史を感じるほど古いです。にもかかわらず、文章自体に時代感を感じないのがすごいなと。推理小説らしい理路整然とした中に、キレがあって、表現も色褪せてない。時代は古いけど、かっこいい文章だな~と思いながら読み進めました
ストーリー展開も巧妙で、特に終わり方が毎回最高でした。最高潮のところでスパッと終わるんですよね。「言葉にするまでもない」ならぬ「文字にするまでもない」美学。尖っているまではいかないけども、一味違うなと思えるところが本作の魅力です。
丁寧な動機の描写
こういうミステリーの短編モノというと、記号的というか、トリック重視で、それ以外の部分の描写は薄いというのが一般的だと思っていました。
しかし、本作は短編ながら犯人の動機の描写が丁寧で、キャラクターが単なる記号ではなく、生々しい1人の人間として映る点が印象的でした。その描写力の高さと、被害者の言動が本当にひどいため、犯人にすごい同情してしまいましたね…。被害者に傷つけられて、溜めて溜めて、とうとう犯行! といった感じに起承がハッキリとしているから、話に弾力があります。
犯人は普通の人、普通のトリック
犯人が何の変哲もない一般人であることもポイントです。特別な技能や突飛な発想力もない普通さが、より人間らしくもあり邪悪にも感じました。
トリック自体はスーパーなものではないけども、人間の心理の裏をかいた、現実でも通用しそうな巧妙な手口だと思います。その計画を練るのに、推理小説を読み込んだり、徹夜したりする努力が描かれることで、犯人の人間味が増し、読んでいる方としても同情してしまいます。しかしそれゆえに、そんな犯人が犯行を犯すシーンに、より戦慄してしまうんですよね。
「完璧な犯罪」とは
推理小説を読みこんで、徹底的に練り上げた完璧な計画が、全く予測不可能だった現実のハプニングの前にあっけなく頓挫する点が、この作品のタイトルが「完璧な犯罪」であることを皮肉っているようでした。ミステリーでありながらミステリーを小馬鹿にするところが最高ですね。ユーモアユーモア。
良くなかった点
推理小説すぎる
あえて良くなかった点をあげると、まず第一に推理小説すぎるってことでしょうか。良くも悪くもクラシックな本格推理物であり、ドラマ性はあるほうではあるものの、一般的な小説よりは無機質なところがあります。
似た話が続く
動機~解決に至るまで、似た話が続くため、最後の方に若干の飽きを感じました。最後2編は傑作選ではなく、文庫本未収録のエピソードがそのまま入ったもので、尺的にも質的にも前のエピソードより弱く、1冊というくくりでみた場合、尻すぼみな印象を受けました。
ある意味アンフェア
倒叙ミステリーですから、フェアもアンフェアもないと思うのですが、決着を決定づけるものが、事件解決前に示されることはなく、突然出てくるのがアンフェアですね。
推理小説は楽しい!
非常に質の高い作品だと感じました。ストーリーの展開やキャラクター描写など、作品全体にわたって作者の技量の高さとミステリー的魅力にあふれています。なぜバレるかを推理しながら読むのは純粋に楽しく、読み方に慣れてきた後半は、犯人たちの行動が何もかも危なく思えるほど気も張ってストーリーに夢中になりました。久々にミステリーで面白かったなーって心から思えたし、読んでいて楽しかったのが1番ですね!
推理小説好きは読むべきです!
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