一汁一菜とは汁物と漬物だけの献立
一汁一菜とは、ご飯、味噌汁、香物(漬物)だけの献立のことを言います。
和食では一汁三菜が理想とされ、おかず3品は難しくても、主菜と副菜くらいは意識する人は多いと思います。
しかし、専業主婦が減った現代において、おかず3品というのは非現実的になりつつあり、それでいて飽食の時代。そこで近年支持を集めているのが、料理研究家の土井善晴先生が提案する一汁一菜です。
本作は、そんな土井善晴先生が「一汁一菜」という考えに至るまでの日々を綴った半生録です。正確には、雑誌に寄稿したコラムを時系列に並び替えたものですが、それぞれの節に読み応えがあり、あっという間に読み切ってしまいました。
ぶっちゃけボンボン
父は土井勝という自身と同じく料理研究家で、2022年まで続いた「おかずクッキング」の初代講師として、また「おふくろの味」を広めた人物としても有名な方だそうです。
幼い頃から、そんな父に連れられて海外旅行をしたり高級ホテルで食事をしたりするなど、まあ、恵まれた環境で育ったようです。あの余裕のある気品のようなものは育ちによるものが大きそうですね。
父の影響もあって、料理の道へと進むのですが、その店に入る過程でも「コネ」のようなものが感じられる書き方でしたね。この父の存在、威光というのは土井先生の人生にとって非常に大きなものであったと言えるでしょう。
一流店での修行の日々
修行のために渡仏した日々は、語学学校での日常や、フランス料理店での修行の様子などが、異文化体験物として興味深く読めました。帰国後も、味吉兆で修行を続けられたとのことで、さすが大阪といった感じのユニークなエピソードがたくさんあって面白かったです。
その土地のうまいもんと旬を重視したフランス料理店での経験と、洗練されつつも「ええ加減」を大事にした日本料理店での修行の日々は、その後の一汁一菜の思想形成に大きく関わっているように思いました。味吉兆時代、わざとグチャっと押しつぶして盛り付けることに特に衝撃を受けたようで、ただキレイに盛り付けるだけが正解ではないことを学んだエピソードとして繰り返し語られていました。
時代の変化と美への関心
父、土井勝氏が主宰していた料理教室は、未婚既婚問わずに料理を学ぼうとする女性で賑わっていたそうです。料理は女性の必須技能であるというのが常識で、たとえ料理人であっても家の中では「男子厨房に入らず」という時代でした。実際、当時の料理番組も小料理屋のような凝った一品が多かったそうです。料理番組は時代背景を反映していますねホントに。
しかし、時代は変わりました。女性の社会進出が進むにつれ、料理教室の需要は減少していき、料理教室も畳むことになります。著者は意思統一の面で問題があったとも振り返っていますが、やはり時代の波というのが大きかったのだろうと思います。
その後は採れたて野菜の写真集制作や、フードコンサルティングの仕事をこなしていくなかで、日本の食文化や料理の美学などに関心が向いていったそうです。
一汁一菜に至るまで
料理研究家の父親の影響、時代による家庭料理の変化、修行時代に学んだその土地の食文化をリスペクトする姿勢と「ええ加減」の良さ、新鮮な食材への感動、これらの経験の帰結が一汁一菜でした。
読む前は、もっと時代に迎合的というか、言い方悪いですけど媚びたところもある人だと思っていました。しかし、様々な経験を通じて磨き上げられた美学が根底にあったということですね。
家庭料理を原初の料理、あるいは純粋料理と表現してみたり、研ぎ澄まされた感性によって美の本質が分かってくる作用を悟性と呼んでみたりと、カント哲学の用語が出てきたときはビックリしました。
感想:感性を大事にされている方
なんかやっぱり、時代を感じましたねー。移り変わる家庭料理もそうですが、実家の家の前が未舗装だったのがコンクリートになった話や、お玉を左右逆に持つだけでクレームが来る話など、生々しい時代描写で興味深く読めました。今66歳ですか。大変貴重な証言だと思います。
修行時代の話も大変面白く、特にフランス料理文化の奥深さには驚きました。意外と家庭料理では煮込んだだけの野菜スープだったり、若い人でもレストランに足を運ぶ文化があったり、独創性を評価しあう自由な気風、それでいて土地の食文化を大事にする姿勢など、さすが世界のフレンチだなと思いました。
一汁一菜という考え方は、つまるところ、単なる健康的な食生活の提案以上に、美的感覚を養う修行の一環のようなものなのでしょうね。感性を磨くことで、より深い味わいや美味しさを追求することができるのだと。若干、自己啓発に近いものを感じましたが、特に胡散臭さは感じませんでした。
料理番組も、1週間に1品、試作のために徹夜のときもあったそうで、そういう点からいっても、根っこ部分はクリエイター気質なのかもしれません。それでいてマラソンを始めて翌年にはフルマラソンを完走してしまうほどのバイタリティには、人生の先輩として敬服の念が耐えません。
ハッタリじゃなかった…という感動がありました。一汁一菜も試してみようかしら。
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